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IFRS財団の最新活動情報_多様化する企業価値と報告が担う役割

公開日: 2025年4月30日

 筆者: 芝坂佳子氏 IFRS財団アジア・オセアニアオフィス ディレクター

はじめに

 2025年1月20日に米国でドナルド・トランプ氏が大統領に就任して以降、世界経済は日々、大きな嵐の中をすすんでいるような先行きの見えない状況が続いているようだ。

 特に多様性や包摂性に対する価値観の衝突や、企業価値と社会や環境の持続可能性の関係性に対する考え方等の違いから生じるサステナビリティ関連情報に関わる取り組みへの逆風は、政治的な思惑も絡み、様々な影響を及ぼしている。また、経済成長の減速や、実務上の難しさの顕在化等から、欧州で加速していた情報開示にも、見直しの機運が出てきている。

 私たちが日ごろからコミュニケーションを続けている方々や組織の中にも、置かれた立場の違いによって様々な懸念や、業務を進めるうえでの逆風を感じておられる向きが強いと感じている。しかし、私見として、長年にわたり統合報告という企業価値の向上と開示/報告を見つめていた立場から申し上げると、今こそ、「何が企業価値に影響を及ぼし、何を開示すべきで、何を伝えなければならないのか」、言い換えれば、短期・中期・長期で企業価値に影響を及ぼす要素が何で、そして、性質や影響の度合いを冷静にかつ、経営の意思をもって検討するときなのだ、と考えている。

 これまでは、どちらかというと「制度になるから」とか「ルールだから」あるいは「同業他社が行っているから」という動機での取り組みが少なくなかったのではないか、と感じている。しかし、サステナビリティ関連情報開示を中心とする報告が、長年の任意開示の経験を経て、制度開示へと移行していくように、「ルールは後からついてくる」のである。厳しいビジネス環境の中で、企業の取り組みが「あとから」に終始していては、競争優位性の獲得にはつながっていかない。

 たとえ、ルールがどのように変わろうとも、経営者や取締役会の意思決定やその成果、価値創造に影響を及ぼす要素であるならば、自らの判断で説明責任を果たすことは、資本市場における主体としての基本的な責務なはずだ。

 欧州や米国の制度的動向の有無にかかわらず、リスクと機会の観点から、説明責任への誠実さは、社会から選ばれる企業として不可欠なものであり、これは、自らの「変えてはいけないもの」と「変えてよいもの」「変えなくてはならないもの」の選択にもつながる。

 企業報告においては、「何がマテリアルなのか」の検討は、その根幹であり、今回の地政学的な課題の顕在化は、あらためて、その必要性を明らかにしていると感じている。IFRS財団は、激動の渦中にありながら、着実にその活動を続けている。

 今回も最近3か月の活動を中心に、ご報告していく。

IFRS財団の課題―アニュアルレポートの公表

 IFRS財団の活動年度は1月から12月となっている。2024年のアニュアルレポートが4月のはじめに公表された。

 昨年9月にミシェル・マデランがマネージングディレクターに就任後、IFRS財団が直面している様々な運営上の課題を解決し、IASBとISSBの両ボードが資本市場からの期待に応える持続的な活動を実現できるように、精力的な活動を続けてきている。アニュアルレポートは、IFRS財団のホームページから閲覧いただける。[i]オリジナルは英語であるため、要点について、いくつかご紹介する。

 まず、2024年の成果として、

  1. IASBによる2つの新たな基準(企業が財務業績を報告する方法を大幅に見直すIFRS第18号、及び子会社の報告を簡素化するIFRS第19号)の公表
  2. IASBによる13のプロジェクトに関する意見募集、3つの主要な基準の適用後レビューの完了(IFRS第9号、IFRS第15号)または開始(IFRS第16号)
  3. ISSBによる、IFRS S1号とIFRS S2号を採用または使用する多くの法域(35を超える法域で、世界全体の時価総額の40%以上を占める)を支援するための作業
  4. ISSBによる、企業と投資家が基準の使用に備えるための多様な資料の提供、SASBの業種別スタンダードの向上、生物多様性、生態系及び生態系サービス、人的資本に関するサステナビリティ関連のリスク及び機会に関する投資家の情報ニーズについての研究の開始

を上げている。

 また、重点的な取り組みとして、組織の再編を進めており、これは、2021年にISSBが設立後の状況を経て、次の段階の発展への適切な対応を目的とするものである。

  1. 組織再編: 意思決定の統一と明確な説明責任を向上させるための、IFRS財団とその継承組織の資源を効率化する新たな運営モデルの導入(完了済)
  2. コスト削減と効率化:再編による効率化により費用対効果の高いサービス提供モデルの実現(自然減員と人員削減(人件費の約15%に相当)による人件費の削減、資源とプロセスの最適化、審議会の運営コストやガバナンスコスト等のその他のコスト削減措置を含む)
  3. 将来の資金調達モデルの形成: 経営陣の下に新たな資金調達チームを設立し、両審議会を支援するための資金調達体制をさらに向上させる多年度戦略を実施

 財政面では、統合組織のシステムをアップグレード・統合するためのプログラムに関わる一時的な支出、資金調達プログラムの更新、ISSBの初期シード資金調達枠組みを超えた多様化を開始した結果、収入が目標を下回ったことが要因となり、2024年は赤字決算となっている。日本からは毎年、安定的な資金拠出をいただいているところである。効率的な運営を推進するとともに、引き続き、公平性の観点からもグローバルに拡大する利用者等のご理解をいただき、財政的な安定性の確保を目指していく。

 ぜひ、アニュアルレポートをご一読いただき、IFRS財団の活動へのさらなるご理解をいただければ、と願っている。ご質問やご意見など、ぜひ、お寄せいただきたい。

日本から世界への発信―統合思考・統合報告カンファレンスの開催

 IFRS財団は毎年3つのカンファレンスを開催している。毎年ロンドンで開催されるIFRS財団の年次カンファレンス[ii]IFRSサステナビリティシンポジウム[iii]、そして、統合思考・統合報告カンファレンス[iv]である。

 4月3日に、日本経済団体連合会にご支援をいただき、経団連会館を会場として、第三回目となる統合思考・統合報告カンファレンスが開催された。まずは、本カンファレンスの開催に当たり、様々な側面から、関係各位の多大なるご支援ご協力をいただいたことに、深く御礼申し上げる。カンファレンスはハイブリッド形式で開催され、会場には開会から閉会まで約300人の方々のご参加をいただき、オンラインでも常時200人を超えるアクセスがあった。今後、本カンファレンスの様子はIFRS財団のホームページで公開予定であり、さらに多くの方々にご視聴いただけることと期待している。

 カンファレンスでは、VRF(元IIRC)から移管され、今はIFRS財団の知的財産である統合報告フレームワークが、IFRS財団の掲げるBetter Information for Better Decisions」に資するものであり、IASBにおける修正版実務記述書「経営者による説明(Management Commentary)の最終化、そしてISSBが最優先に取り組んでいるS1の浸透、そして、資本市場からの期待の大きい両審議会が開発した基準間のコネクティビティ実現のために、きわめて大きな位置づけにあることが再確認できたと考えている。

 IASBのリンダ・メゾンハッター副議長、ISSBのスー・ロイド副議長の両名も来日し、力強いメッセージを、直接にお伝えすることができた。      

 ご存じのように 、日本は世界でもっとも統合報告書の作成が行われている国である。この経験が、資本市場の期待に応え、企業の価値創造ストーリーを伝え、持続可能な企業価値の実現につながるという好例を、グローバルに対して発信できたことも、大きなカンファレンスの成果であったと考えている。これは、日々、誠実に説明責任の在り方に向き合っておられる日本の関係者の方々の努力を背景に、登壇くださった知見豊かなスピーカーのみなさまのおかげである。ご多忙の中、ご貢献をいただいたことを心から感謝している。

シナジーを生み出した統合思考・統合報告カンファレンスのサイドイベント

 IASBおよびISSBの両副議長揃っての来日という機会を活かし、コネクティビティを実感していただける場を設けることができた。

 例えば、IFRS財団の諮問機関等の関係者、日本公認会計士協会、FASF/ASBJ/SSBJ、日本経済団体連合会において、これまでは、別々で開催されることの多かった会合を「一つの場」として設け、議論を展開していただくことができた。IFRS財団でも、昨年1月、および本年2月に両ボードが合同の会議を行う等している。時を共有して会議を行うことで、様々な気づきなどシナジー効果が生まれる成果が実感できた。

 開催にあたっては、各団体のみなさまのご理解とご協力があったことはいうまでもない。ぜひ、今後ともこのような機会を設けていきたいと願っている。

 また、日頃よりIFRS財団にご支援をいただいている関係団体の方々との懇親の場や、海外からのスピーカーを交えてのカジュアルな意見交換の場などもあり、コロナ禍を経て再開した対面でのカンファレンスの必要性や効果を実感する場も多くあった。

活発に続くアウトリーチ活動

 ご紹介したような大きな動きと並行し、2月にはIASBのザック・ガスト理事および鈴木理加理事が来日し、ISSBの小森、Paik両理事を交えたセミナーへの登壇をはじめとする活動を行った。また、ロンドンとオンラインで結び、IASB理事やテクニカルチームとの会議なども開催されている。

 3月5日に公表されたSSBJ基準について、SSBJがISSBとの基準の差異に関する文書を3月31日に公表し、整合性に関する合意が示されたことは、ISSBの適用拡大にむけた大きな一歩であり、今後のさらなる進展へとつながっていくものとなっている。

 SASBについては、重点領域のさらなる改良を目指し、日本企業のみなさまとの意見交換を積極的に行っている。企業価値に資するコミュニケーションツールとしての質的向上のために、一層のご協力をお願いする所存である。

おわりに

 数々のカンファレンスをはじめとする取り組みを通じてあらためて、IFRS財団の活動を広くお知らせし、関係者それぞれの立場から発信される意見等を拝聴し、フィードバックする必要性を実感した。今後、ますます必要性の大きくなる国際的な活動全般において、関わる個々人が自ら考えて発言し、柔軟な姿勢で議論する行動の中に、貢献のひとつの形があるのだと感じた。

 IASBとISSBの両ボードで日本人の理事がおり、また、2名のトラスティにもご活躍いただいている。また、様々な諮問委員会にも関与いただけている。アジア・オセアニアオフィスとしては、これらの活動を「点」とするのではなく、「面」として推進できるよう引き続き努めて行ければと願っている。

 アジア・オセアニアオフィスが、自らの存在の特徴を活かした価値と貢献を実現できるよう、引き続き、関係各位のご指導ご鞭撻をお願い申し上げる。


[i] https://www.ifrs.org/content/dam/ifrs/about-us/funding/2024/ifrs-foundation-annual-report-2024.pdf

[ii] https://www.ifrs.org/news-and-events/events/2025/june/ifrs-foundation-conference-2025/

[iii] https://www.ifrs.org/news-and-events/events/2025/october/ifrs-sustainability-symposium-2025/

[iv] https://www.ifrs.org/news-and-events/events/2025/april/ifrs-foundation-integrated-thinking-and-reporting-conference/