公開日: 2025年1月30日
筆者: 松田千恵子氏 東京都立大学大学院 経営学研究科 教授
業界再編の波が押し寄せています。ホンダと日産自動車の統合などがすぐに思い浮かべられるでしょうが、これはどちらかというと日産自動車の不振の影響も大きいように思えます。それよりも、業績は悪くない企業どうしが、合従連衡を水面下も含めて検討している事例の増加が将来を占ううえでは示唆的です。
事業ポートフォリオの成果を
完成車メーカーの統合を受けてドミノ倒し的に始まっている自動車部品業界の再編統合もそのひとつでしょう。より本質的なのは、事業ポートフォリオマネジメントに関する議論が進んできたことによる動きです。コーポレートガバナンス・コード(企業統治指針)導入以降に強まる要請を受けて、先進企業を中心に社内での事業ポートフォリオマネジメントの議論は増え、案件としても顕在化してきています。企業にとっては、事業ポートフォリオマネジメントの議論は既に「取締役会においてそれを行っているか」ではなく、「その議論による行動が企業価値向上という成果を生んでいるのか」という実質を問われる段階に入ったといえましょう。
プレーヤーが多すぎる
そもそも、我が国には業界ごとに星の数ほどのプレーヤーがいます。経済成長が著しい時代ならともかく、市場は成熟化し、一方では業界の姿かたちや垣根のあり方も変わる中で、競合状況も見直されるのは当然ともいえましょう。冒頭に挙げた完成車メーカーだけでも日本に10社以上あるのです。そうした状況下で事業ポートフォリオの見直しが進めば、いきつくところは業界再編の議論となるのではないでしょうか。
業界再編への道筋
事業ポートフォリオの見直しが業界再編へとつながるルートは主に3つあるように思われます。1つめは、事業ポートフォリオの整理を実際に行い始めた企業が、ノンコア事業をベストプレーヤーへと売却することによって生じます。売却対象となる事業が属する業界ではプレーヤー数が減少し、寡占化が進むことになります。売却は直接的にはPEファンドなどに向けてなされるかもしれません。しかし、PEファンドが未来永劫その事業を保有することはあり得ませんから、どこかの段階でその事業をよく知る事業会社などへの売却が行われると見るのが自然です。遅かれ早かれ業界再編につながるでしょう。
2つめは、コア事業における合併や統合、連携です。日本の大手といえども世界の強豪に比べれば事業規模や時価総額で見劣りすることは多くあります。業界内競合のほかに、川上や川下の取引先が大きくて交渉上不利になることもあります。規模の劣位を覆すために他社と手を組むことが増えるでしょう。特に、差別化要素が少なく規模が重要な「規模型」の業界では動きは早く進む可能性があります。こうしたタイプの事業では、当然ながら水平統合が増えることとなりますし、それが国境を越えて行われることも今後より増えていくでしょう。
変わらなければ買われる
3つめには、資本市場の圧力が挙げられます。事業ポートフォリオマネジメントの実質化が進まなければ、その事業の価値を最大限向上させることができないとみなされ、外部からの買収提案にさらされることになるでしょう。買収提案と言えばアクティビストの顔が思い浮かぶでしょうが、最近では事業会社による買収提案もごく普通のことになっています。また、海外のプレーヤーもそうした買収者候補として名乗りを挙げてきます。円安下ではさらに動きは加速します。よく言われる通り、「日本株はバーゲンセール状態」なのです。
これらの動きについて是非を問うのは別の機会に譲りますが、これら3つのルートはいずれも既に起こっている動きです。皆さんも具体的な事例がすぐに思い浮かぶのではないでしょうか。
セブン前とセブン後
こうした認識は、流通大手の「セブン&アイ・ホールディングス」が、カナダの小売大手「アリマンタシォン・クシュタール」から買収提案を受けるという、昨年の大きな出来事によって露になりました。この買収提案は、多くの企業経営者の心胆を寒からしめたのではないでしょうか。詳細は既にご存じのことばかりですので割愛しますが、時価総額約6兆円の超大企業でも買収提案を受ける時代です。背景にはもちろん円安もありますが、より本質的には事業ポートフォリオマネジメントの問題が横たわっています。同社はここ数年にわたって事業ポートフォリオの改革に取り組んできました。
ただ、問題は「ここ数年」というところにあるかもしれません。投資家からすると「待ったなし」と思うほど十分に待った状態かもしれませんし、事業会社から見れば「千載一遇のチャンス」に見えたかもしれません。
今までは、事業ポートフォリオマネジメントというと、「ノンコア事業の売却」というイメージが強かったわけですが、自社の事業の将来を真剣に考えると、本質的には「業界再編」こそが事業ポートフォリオマネジメントがもたらす結果なのではとも言えます。企業においては、連続的な視点から考えた将来像だけではなく、業界再編の主導権をどう握るか、統合や買収相手から自社を見た場合に魅力的なのはどのような要素かなど、業界再編を見据えた非連続的なシナリオの議論が急務ではないかと思われます。「自社には関係ないだろう」と思われるかもしれませんが、時価総額トップグループの企業でも「買われる」提案を受ける時代です。影響を受けない企業はありません。そうであれば、仕掛けられて驚くよりも、自分から仕掛けることを今のうちにしっかり考えておくべきではないでしょうか。
筆者略歴
松田千恵子氏 東京都立大学大学院 経営学研究科 教授
金融機関、格付アナリスト、国内外戦略コンサルティングファームパートナーを経て現職。公的機関の経営委員、上場企業の社外取締役を務める。筑波大学院企業研究科博士後期課程修了。博士(経営学)。近刊に「サステナブル経営とコーポレートガバナンスの進化」(日経BP社)、「全社戦略ーグループ経営の理論と実践」(ダイヤモンド社)。