公開日: 2025年10月31日
筆者: 坂口和宏氏 富士通株式会社 財務経理本部 Finance CoE 統括部長
ワンポイント
前回に引き続き、2025年6月のGPF/CMAC会議での主な議論を紹介する。今回は、「キャッシュ・フロー計算書とその関連事項」についてのIASBメンバー及びスタッフとの意見交換の内容を取り上げる。
文中の意見にわたる部分は筆者の私見である。また、紙幅の関係から基準等の記載を簡略化している場合があるため、正確な理解のためには原文を参照していただきたい。
はじめに
国際会計基準審議会(IASB)の諮問機関である、世界作成者フォーラム(Global Preparers Forum、GPF)と資本市場諮問委員会(Capital Market Advisory Committee、CMAC)との合同会議が、2025年6月12日と13日の2日間にわたり開催された。
GPFは財務諸表作成者の代表者から、CMACは財務諸表利用者の代表者から、それぞれ構成される会議体で、作成者及び利用者双方の立場からIASBに対して定期的にインプットすることを目的としている。
以下が当日の議事一覧であり、このうち、キャッシュ・フロー計算書とその関連事項についての主な討議内容を紹介する。なお、会議で使用された資料は、IASBのウェブサイトで閲覧可能であるため、適宜参照頂きたい。
- IASB・ISSBアップデート
- IFRS開示の構造化
- キャッシュ・フロー計算書とその関連事項
- 企業結合-開示、のれん及び減損
- 持分法
- 第四次アジェンダ協議
キャッシュ・フロー計算書とその関連事項
[論点1] 運転資本の構成についての透明性の向上
運転資本の構成の検討にあたり、IASBスタッフからは、企業自身が運転資本であると考える資産と負債に関する情報を提供する「企業固有アプローチ」と、指定された資産と負債に関する情報を企業が提供する「指定項目アプローチ」の二つが提示された。
多くのメンバーは、運転資本の構成は業種や企業、さらには時の経過によっても異なるため、企業固有アプローチのほうが良いとの見解を示した。CMACメンバーからは、企業固有アプローチを採用する場合には、例えば棚卸資産や売掛金、買掛金のような最低限指定された項目を含むべきであり、また、運転資本に何が含まれているのか、時の経過によってその構成がどのように変化するのか、運転資本が財政状態計算書における資産と負債とどのようにつながっているのかについての開示が必要であるとの指摘があった。
一部のCMACメンバーより、企業が複合的な事業を行っている場合、運転資本の構成に関する情報は連結レベルではなく事業セグメントごとに提供されたほうが有用であろう、との意見が出された。一部のGPFメンバーからは、事業セグメントごとの情報はすでに内部管理で使用しているという意見がありつつも、もし管理されていない場合は開示のための配賦を伴う恣意的な情報となってしまうとの懸念が示された。
[論点2] 運転資本の帳簿価額の変動についてのより良い情報の提供
IASBスタッフより、運転資本についての期首から期末までの調整表が例示され、棚卸資産、売掛金、買掛金といった項目別に、当期の変動を損益に計上された金額やキャッシュの受け払いの金額などの性質に応じて分解する、という案が提示された。
CMACメンバーは、調整表は、財政状態計算書とキャッシュ・フロー計算書とのつながりを可能とするため、有用であるとの見解を示した。一方で、多くのGPFメンバーより、棚卸資産や直接法でのキャッシュ・フロー情報の作成に多大なコストがかかること、また、大規模企業においては為替換算調整額の各項目への分解が複雑となることへの懸念が示された。
一部のメンバーより、それらの意見を踏まえた落としどころとして、調整表から得られる情報の有用性と調整表の作成に伴う工数やコストとのバランスを取った方法をIASBは検討すべき、との意見が出された。
[論点3] キャッシュ・フロー関連指標へのMPMアプローチの適用
多くのメンバーは、最も重要なキャッシュ・フローの指標は、営業活動に関するもの、とりわけフリー・キャッシュ・フローに関するものであると述べた。投資活動や財務活動に係る指標は多くはないものの、フリー・キャッシュ・フロー関連指標には投資活動や財務活動から生じるキャッシュ・フローとの調整が含まれる場合があるため、フリー・キャッシュ・フロー関連指標を開示する場合はその点についても触れるべきであるとの意見が出された。
多くのメンバーは、IFRS第18号「財務諸表における表示及び開示」の経営者が定義した業績指標(MPM)における要求事項を、キャッシュ・フロー関連指標へ適用することに賛成した。CMACメンバーは、MPMとの調整表及び内容の説明があるとより有用であるとの見解を示した。一方で、GPFメンバーからは、キャッシュ・フロー関連指標を外部公表している場合はそのような情報を用意しているが、より詳細な分解や開示が求められる場合は実務上のチャレンジが生じるとのコメントが出された。
各セッションにおけるGPFメンバーからのフィードバックは、今後のIASBの審議において考慮される予定である。
おわりに
運転資本は企業の短期的な債務支払能力を分析する際に有用となる指標であり、より情報の透明化が求められる背景は理解できる。透明性を向上するにあたっては、運転資本は事業の性質や企業が所属する業種の特性によって異なることを踏まえると、企業固有アプローチのほうが良いのではないかと考えている。但し、比較可能性も考慮しなければならないことも理解しているため、企業固有アプローチを採用しつつ、運転資本の中身についての一定の情報開示も必要であろうと考えている。
私事ではあるが、今夏より英国ロンドンに在住している。ロンドンは、IASBの本拠地であり、GPFが開催される場所でもある。今後は地の利を生かして、これまで以上にGPFをはじめとしたIFRS関連の議論に参画できればと考えている。
筆者略歴
富士通入社後、海外の事業管理を経て、2002年に米国子会社へ駐在し現地の管理会計を担当。帰国後、本社にてグローバルでのIFRS適用プロジェクトに従事。2010年に企業会計基準委員会(ASBJ)へ出向。さらに2012年に英国の国際会計基準審議会(IASB)へ出向し、主にIFRS解釈指針委員会の案件を担当。現在、富士通本社の財務経理部門にて、富士通グループの財務・税務・会計(Center of Expertise = CoE)をグローバルで統括。英国ロンドン在住。
ASBJ 収益認識専門委員会専門委員・IFRS適用課題対応専門委員会専門委員 世界作成者フォーラム(Global Preparers Forum、GPF)メンバー