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コーポレートガバナンスの新潮流 第28回 -コーポレートガバナンス・コードの見直しと開示の早期化-

公開日: 2025年11月4日
筆者: 松田千恵子氏 東京都立大学大学院 経営学研究科 教授

 本年10月下旬より、金融庁においてコーポレートガバナンス・コード(以下、CGコード)見直しに関する有識者会議での議論が始まりました。筆者も委員として出席しておりますが、まずは総論として良い議論ができているのではないかとの感想を持ちました。

コードのスリム化

 今回の見直しの主眼は何と言っても、「コードのスリム化」でしょう。

既に開示されている情報に基づけば、CGコードの導入から10年を経て、「形式的なコンプライにとどまっている場合もあり、各主体の間で取組みの質に大きな差がある」ことから、「プリンシプルベースかつコンプライ・オア・エクスプレインのアプローチを採っている趣旨に立ち返り」、「コードを形式的に遵守することより、むしろ丁寧にエクスプレインすることも重要」(※1)との考え方から、コードのスリム化/プリンシプル化が検討されています。具体的には、補充原則を中心に、①重要な補充原則は原則に格上げ、②より実質的な対応を促進することが適切と考えられる箇所については、原則の「考え方」を新設した上で記載、③重要性が低下した箇所や重複が生じている個所は削除、といった見直しが行われる予定です。大きな改訂になるやもしれません。

 確かに、この10年進んできたコーポレートガバナンス改革を振り返ってみると、道半ばとは言われながらも、10年前と比べれば様々な進展があったと言えます。特に先進企業においては、CGコードをはるかに超えた積極的な取組も見られるところであり、今般の見直しは内容的にもタイミング的にも適切なものと言えるでしょう。

 一方、この10年で取組の進んでいる企業とそうとも言えない企業との間に大きな差がついてきたことも事実です。未だ投資家の見方との間に大きな乖離があるような企業においては、CGコードで細かいことを言われなくなったのをこれ幸いと、緊張が緩んでしまうこともあるかもしれません。こうした企業をしっかりと規律付けていくことは引き続き必要ですし、特に資本市場からの視線はより厳しくなって然るべきでしょう。

(※1)金融庁(2025)「「コーポレートガバナンス・コードの改訂に関する有識者会議」(令和7年度第1回)事務局説明資料」(2025.11.4)

個別論点の本質は何か

 今回の見直しにおいては、以下のような個別論点も初回の有識者会議において挙げられています。

  1. 多様な投資機会があることを認識することの重要性、現状の資源配分が適切かを不断に検証しているか、例えば現預金を投資等に有効活用できているかの検証・説明責任の明確化
  2. 有価証券報告書の定時株主総会前の開示
  3. 取締役会事務局の機能強化

 いずれも重要な論点ですが、誤解や表面的な反応も多いように見受けられます。メディア等で最も取り上げられたのはAの論点ですが、あたかもCGコードが現預金の水準を細かく規定するかのように捉えている向きも少なくありません。しかし、スリム化してプリンシプルに戻ろうと言っている流れの中で、個社の現預金の額についてまで口を出すというのは逆行しています。実際に資金を溜め込んで何もしないというような企業があれば、CGコードの文言以前に、それこそ資本市場からの厳しい視線にさらされ、場合によっては株主提案のような実力行使を受けることでしょう。そうした圧力若しくは期待が働くことこそが最も適切なコーポレートガバナンスと言えます。このAというのは、現預金の額云々といった話ではなく、経営者が自ら運営する企業の経営資源配分、キャピタルアロケーションについて責務を持っていることをきちんと自覚すべき、という警鐘こそが本質的な内容ではないかと思います。

開示制度の合理化が必要

 Bについても議論はかまびすしいところです。昨年は、企業の間で「有価証券報告書を株主総会の何日前に出せた、出せなかった」などという話が飛び交っていましたが、もちろん2~3日前に出せたところで、投資家がじっくり読む期間を取れていないのですから意味はありません。英訳して海外投資家にも情報を届けることを思えば、1~2週間前でもまだ遅いところです。

 しかし、こうして単に企業に対して早期化をせっつくことだけが有益とも思えません。一方では投資家の見識も問われるからです。投資家は有価証券報告書を早期開示してもらって、具体的に何を見たいのでしょうか。この質問に実際には口ごもる投資家もいます。また、有価証券報告書の中でも結局は「政策保有株式に関する情報が知りたいだけ」というのは、筆者も複数の投資家から聞くところです。そうであれば必要な部分だけ早期開示すれば済む話です。

 確かに株主総会前に必要な情報開示が出来ているという状態を作ることは大事ですが、そのためには、既に各所で議論されているように、本当に投資家が必要とする情報をタイムリーに届けられるような開示全体の合理化なども必要となってくるでしょう。特にサステナビリティ関連の開示義務化が進むことにより、企業の「開示疲れ」とも言える負担の増大は顕著になっています。これも企業によって差が大きくなっている点の一つですが、真面目に取り組んでいる企業がしっかりと評価されるような開示の体系が望まれます。

 最後に、Cの取締役会事務局の機能強化についてです。この点にはあまり異論のないところかと思われますが、企業内で実現するには、まだ幾つかハードルもあります。多くの企業では、取締役会事務局は、法務や総務、経営企画部門等の寄り合い所帯となっていて、管轄する役員もいなかったりします。これらをひとつにまとめて、「執行におもねることなく自律的に機能する」(※2)強力な事務局を作ることに抵抗のある経営者もいます。また、取締役会事務局と呼ばれる存在なのか、コーポレートセクレタリーを目指すのかによっても立て付けは異なってくるでしょう。これもまた、看板を架け替えただけにはなりたくないところです。それぞれの企業の実情に合った、効果的・効率的な強化が期待されるところです。

(※2)金融庁(2025)「コーポレートガバナンス改革の実質化に向けたアクション・プログラム2025」

筆者略歴

松田千恵子氏 東京都立大学大学院 経営学研究科 教授

金融機関、格付アナリスト、国内外戦略コンサルティングファームパートナーを経て現職。公的機関の経営委員、上場企業の社外取締役を務める。筑波大学院企業研究科博士後期課程修了。博士(経営学)。近刊に「サステナブル経営とコーポレートガバナンスの進化」(日経BP社)、「全社戦略ーグループ経営の理論と実践」(ダイヤモンド社)。