公開日: 2025年8月8日
筆者: 芝坂佳子氏 IFRS財団アジア・オセアニアオフィス ディレクター
はじめに
酷暑の夏となっている。「生命の危険となる暑さ」が日常のものとなり、気候変動のもたらすリスクが、自分ごととして迫ってくるようだ。熱中症への対策が、雇用者の責任として求められるなど、これまでの各自の責任や気付きに委ねられていた事柄が、ビジネスの持続可能性の点からも必須のものとなってきていることも、昨今の制度化の流れの一端を表しているようである。
私たちをとりまくあらゆる事柄を断片的ではなく、「エコシステム」として捉える視座が必要とされていることのひとつの現れではないだろうか。
これは、企業のコミュニケーションについてもいえることであり、同時に、情報利用者にしてみても、「何を知りたいのか」で利用する媒体を選択することになる。例えば、ある年の、あるいは、最近の動きや中期経営計画等の範囲である3年-5年程度のスパンで検討するのであれば、有価証券報告書は、極めて信頼性が高く比較可能性も優れた媒体となる。作成者も、制度上の要求や精度等を重視した作成方針をとるだろう。
しかし、企業には3年や5年、あるいは、10年20年など将来にむけた幅広い視野での経営判断が不可欠である。100年企業が多いといわれる日本においては、過去から受け継がれてきた資産が最大の価値の源泉、差別化要因として存在する事例を見ることも多い。その時に、有価証券報告書で求められる情報のみで、十分に伝えることは難しいともいえるのではないか?そして、経営者は、自らの意思決定のためには、外部に報告している、あるいは公開している情報以外の事柄等を必要とするし、その精度や範囲は、戦略的方向性を大きく左右することにもなる。
ルールや定義は、実践の「あとから」ついてくるものであり、多くの個別具体的な取り組みが、形式化されることの利便性は否めない。しかし、自らの姿を正確に伝え、適切な企業価値へとつなげるためには、「何をどう伝えようか」「どうすれば伝わるのか」を、自分ごととして考えぬくしかない。もちろん、独りよがりでは説明責任を果たすことはできないから、読み手や受け手の理解や受容、さらには支持へと説明の結果がつながってこそ、社会的リソースを利用することを容認されている企業に課された説明責任を果たすこととなる。
基準やフレームワークは、多くの関係性により到達したひとつの「形式知」であり、社会的な共通知として、生かされてこそ意味がある。ただし、それを活かすのは機械ではなく、意思をもった組織とそこに息づく人である。相互のつながりをふまえて、価値創造ストーリーをどう語り、伝えていくのか。困難な時代にだからこそ、他にはない個性のあるストーリーが語らえることの大切さを再認識したいと感じている。
IFRS財団は資本市場の意思決定に貢献する情報提供に資することを大切にしている。そのためには、ツールであるIASB基準、ISSB基準を作り上げていくプロセスの理解をいただくことも大切なのではないかと考える。この3ヶ月の動きの一つ一つが、基準の品質向上に繋がるものであり、関与くださった方々にあらためて御礼申し上げる。
Managing Director Michel Madelainの来日
4月24日と25日の両日、IFRS財団のManaging DirectorであるMichel Madelalinが来日をした。昨年11月に続いての二度目の来日であり、主たる目的は4月上旬に開催された「統合思考・統合報告カンファレンス」に対する関係者の多大なご尽力に対する御礼を申し上げ、IFRS財団が抱える喫緊の課題とその取組に対するご理解を頂き、引き続きのご支援をお願いすることであった。
この機会を活かし、平素よりお力添えをいただいている組織のトップマネジメントの方々に向けて、河野正道、田代桂子の両トラスティも交えた意見交換会を開催した。
喫緊の課題である財政面と中長期的な視点からの施策等について、直接にご説明をし、また、参加のみなさまからも、率直なご意見をいただくことができた。社会からの付託に応えていくためにも、その根底となる支援体制をより効率的、かつ、透明性の高いものとするために、引き続き具体的な取り組みがすすんでいるところである。
中長期的な視点、また、大所高所からのご指摘をいただける機会を、今後とも設けていきたいと考えている。
ADB/ADBIとの連携
IFRS財団のステークホルダーは関係者も幅広く、極めて多様性だけでなく、地理的な広がりもある。それ故、すべての活動を自ら企画し遂行するよりも、地域の特性等について熟知した経験ある組織との協力関係を活かすほうがよりふさわしいことが多い。アジア開発銀行(ADB)・アジア開発銀行研究所(ADBI)は、アジアの国々の政府機関や制度設定団体、市場関係者等との幅広いネットワークを構築しており、共通する課題解決に資する事柄等についてのアウトリーチ活動を行っている。
昨年対面で開催されたワークショップにはISSB小森理事が招聘され、プレゼンテーションを行い、参加者との意見交換などの機会もいただけた。今年はオンライン開催となったが、ISSB小森理事およびTae-Young Paik理事、そしてIFRS財団で政府関係者とのコミュニケーションを担当しているJonathan Bravoを講師とし、ISSB基準についての理解を深め、今後の展開につなげていけるようなセミナーを開催いただくことができた。
アジア・オセアニアは、他地域よりもISSB基準の導入において先行している。その取り組みを、国の経済隆盛や企業の価値向上に結びつけていくためにも、関係者のご協力をいただきつつ、ご理解いただく場を積極的に広げていきたいと願っている。
7月に、同じくADBが主催し、京都大学で開催されたAsian Bond Market Forumにおいても、IFRS財団の全体の方向性や、基準開発の取り組み等についてご紹介することができた。また、本カンファレンスはXBRL Japanが企画に大きく関与しておられ、AIの利用が拡大する中、今後の資本市場における情報の信頼性や利用可能性を高め、質を高めるための共通のタクソノミーを展開する意義などについても、議論が行われた。海外からの参加者も多く、あらためて関係の方々に感謝を申し上げる次第である。
マネジメントコメンタリー最終化
2024年6月に最終化を行うことをIASBが決定し、進められていたManagement Commentaryの最終版が6月23日に公表された[i]。4月に開催された「統合思考・統合報告カンファレンス」の際にも、その必要性について説明がされていたが、IFRS財団が目指すcomprehensiveな報告の実現にむけたStepping Stoneとして位置づけられている。しかし、それは単なる「足がかり」ではない。より良い情報を提供できる包括的な報告実現のために、統合報告などの枠組みの要求事項を体系化し、経営者の説明、財務諸表及びサステナビリティ開示との間の繋がりを支援することにある。つまり、将来のより高度な報告の統合への足掛かりを提供したいとの意図で実行されたのである。
最終化にあたり、投資家等からの強い支持や要請などをいただき、そのご意見をもとにした大幅な見直しが行われた。Connectivityの強化をさらに進めていくためにも、今回の改定での議論を活かし、企業の全体像、価値創造ストーリーが、より適切に投資家に伝える実務に活用されていくことを期待したい。
SASB 改定案のパブリックコメント募集開始
SASBは、2023年12月に国際的な整合性を高めるための作業後の成果を公表したが、IFRS S1/S2との整合性強化、国際的な利便性向上、生物多様性および人的資本調査プロジェクトとの関連性向上、他の既存の基準との相互運用性強化をすすめ、情報の信頼性・比較可能性・一貫性を向上させるための取り組みを進めている。
その一環として、2025年7月3日に、最初の9業種に関する Exposure Draftを 公表し、11月30日までを意見の公募期間として幅広い意見の聴取に取り組んでおり、残りの3業種に関するパブリックコメントの開始については年内開始を目指している[ii]。
アジア・オセアニアオフィスでは、理事の小森を中心に、関係者のみなさまに、本プロジェクトの趣旨や内容のご説明、そして、ぜひ、ご意見をお寄せいただけるよう注力しているところである。8月20日には、SASBを主に担当しているISSB理事Jeff Halesも来日し、意見交換をさせて頂く予定にしている。
ぜひ、高質な基準策定への積極的な関与をいただけたら、幸いである。
おわりに
アジア・オセアニアオフィスは、多くのご支援を頂き、活動を継続できている。中でも、監査法人から継続的な出向者の派遣という形を通じ、お支えをいただいていることに、あらためて感謝を申し上げたい。
5月から6月にかけて、3人の出向者が帰任し、8月から2人を新たにお迎えすることができた。専門人財の不足が顕著な中、優秀な人財をアジア・オセアニアオフィスにお預けいただいていることの意味を改めて自覚し、身が引き締まる思いである。IFRS財団に在籍しているからこその経験を得られる機会を通じ、ご自身のキャリアにとっても、派遣いただいている法人にとっても有意義な日々となるよう努める所存である。
専門人材の育成は、IFRS財団の成果物を活かしていただくためにも大切なものである。また、発行体、また、利用される投資家等、それぞれの立場で、サステナビリティ情報の意義やその活用等を進めるための人財育成に注力していると承知しているIFRS財団が有するプログラムの一つにFSA Credentialは、そのために有用な内容であると国際的にも高い評価をいただいている。すべて英語での展開ということもあり、なかなか敷居が高いと感じられると思うが、日本人のタイトルホルダーも増えつつある。今般、日本語での説明資料[iii]も作成した。ぜひ、ご一覧いただけたら、とご案内申し上げる。
今後、秋にむけて様々な企画が進行中である。ぜひ、引き続きのご支援を賜りますよう、お願い申し上げる。
[i] IFRS – IFRS Practice Statement 1 Management Commentary
[ii] IFRS – Exposure Draft and comment letters: Proposed Amendments to the SASB Standards