公開日: 2025年4月30日
筆者: 松田千恵子氏 東京都立大学大学院 経営学研究科 教授
今年も株主総会のシーズンが近づいてきました。株主提案は相変わらず増加を続け、ROEやPBRへの要請も厳しくなっていますが、それほど目新しい論点は多くはありません。それよりも、コーポレートガバナンス実質化の流れがもたらしてきた企業経営への変化の要請がより鮮明になってきている感があります。今回はそのうち幾つかについて取り上げてみたいと思います。
上場企業の二極化
コーポレートガバナンス・コード(CGコード)が導入されて約10年が経過し、形式的な対応に終始している企業と、実質化を進め自社の経営改革に活かしている先進企業との間の差は近年開くばかりです。
上場企業の二極化、実際には三極化は東京証券取引所(東証)によっても指摘されています。東証では、プライム上場企業のうち14%は市場に背を向け、残りの86%の多くは何かしら取り組んでいるにも拘らずその方向性について投資家の認識とギャップがあるとしています。自律自走できている先進企業はわずかとされており、企業数は公表されていませんが、投資家に聞けば先進企業の数は多くても200社弱であろうと言われています。これら先進企業とそうでない企業の差は何でしょうか。外部から観察していると幾つかの事実が浮かび上がります。
経営戦略の議論は十分か
ひとつは、取締役会が経営戦略を議論する重要な場として機能しているかどうかという点です。2021年時点での経済産業省のサーベイによれば、取締役会の全体時間に占める経営戦略を議論する時間の割合は2割に満たないとされています。CGコードにおいて、企業理念や経営戦略など「会社の目指すところ」の議論が、取締役会の最も重要な役割とされている(CGコード原則4-1)にも拘らず、です。
ただ、先進企業においては明らかに経営戦略に割く時間は増えています。この1年で「5割を超えた」「2/3は経営戦略の議論だ」と語る企業にも複数社お会いしました。
経営戦略を議論することが重要と申し上げると、「モニタリング・ボードであるのに、経営戦略を執行と一緒になって監督側が議論するのは如何なものか」という質問がよく飛んできます。
しかし、これは実態を知らない質問にも見えます。監督側が良いモニタリングをするには、その前提となるプランニングについて十分な議論が尽くされていることが大前提です。自分が理解も納得もしていないようなプランに対してモニタリングをすることなどは実際には不可能です。監督側はガバナンスにおけるPDCAのうちの「C」を担うのですから、「D」を担う執行側とは「P」について十分に議論し、合意形成しなければなりません。これができているかどうかによる差は将来さらに大きくなるでしょう。
株主還元は優先されない
二つめに、意外に気付かれていないのが株主還元への対応です。東証が公表した「投資者の目線とギャップのある事例」(いわゆる“ダメ開示”)でも「目指すバランスシートやキャピタルアロケーション方針が十分に検討されていない」とされていますが、要は自社株買いさえ行っておけば株主は満足するといった低レベルの財務認識では駄目ということです。まともな株主は自社株買いを目当てに投資をしているのではありません。事業の成長によるリターンを得るのが株主としての本分です。それが十分に得られるならば、いつぞやのアップルのように無配が続いても構わないわけです。その間アップルは事業成長により株価を上昇させ続け、株主に十分報いています。自社株買いを中計期間で幾ら行うといった無駄かつ不勉強な記載が目立つのは、近視眼のアクティビストによる悪影響もあるのでしょうが、重要なのは成長投資とそれによる将来のリターンです。自社株買いを要求されるのは、そうした成長投資とリターンがまったく見込めないような冴えない状態になっているにも拘らず次の手も打とうとしないで資金を企業内部に退蔵させているような企業です。それなら「金を返せ」と言われているということです。
人的資本は誰のものか
三つめとして、人的資本についても誤解が多くみられます。人的資本は個人のものなのですが、これをあたかも会社のものであると誤解している企業が結構あります。昭和の昔に、株主の提供する資本を自分のものであるかのように「自己資本」と呼んでいたのと同様です。
人的資本を持つ個人こそがそれをどこに投資するかの意思決定権限を持っており、企業はそうした個人に対し自社の魅力を最大限に語り、自社の経営資源(正確には人的資本資源)として囲い込む必要があり、そのために何が提供できるかが問われているという理解が求められます。
囲い込んだ人々があたかも所与として企業内に存在し、彼ら彼女らがプロフェッショナルとして自らを育成する機会も用意せずにただ使い倒すような企業には、もはや人は集まらなくなってくるでしょう。
血の通った情報開示を
「モノ」「カネ」「ヒト」の順で見てきましたが、最後に「情報」にも触れておきます。昨今、有価証券報告書の義務的開示や、ESG格付の普及等により、企業はサステナビリティ情報の開示に明け暮れています。それ自体は重要ですが、中にはそれだけが目的化している企業も少なくありません。本来は、自社の事業にとって重要なサステナビリティ要素が事業戦略に組み込まれ、社会にも成果をもたらすことが目指すところであるはずです。世間一般の指標をやたらと採り入れるだけでは労多くして実効性には乏しいといえましょう。自社を正しく知らしめるために有益な情報をストーリーとして提供する、そのための優先順位付けを的確に行うといった点は、先進企業とそれ以外の企業の分岐点であるようにもみえます。
筆者略歴
松田千恵子氏 東京都立大学大学院 経営学研究科 教授
金融機関、格付アナリスト、国内外戦略コンサルティングファームパートナーを経て現職。公的機関の経営委員、上場企業の社外取締役を務める。筑波大学院企業研究科博士後期課程修了。博士(経営学)。近刊に「サステナブル経営とコーポレートガバナンスの進化」(日経BP社)、「全社戦略ーグループ経営の理論と実践」(ダイヤモンド社)。