公開日: 2024年10月29日
筆者: 芝坂佳子氏 IFRS財団アジア・オセアニアオフィス ディレクター
今年は、猛暑の日々が続いた。あらためて、私たちの生活が自然のエコシステムと切り離せないことを実感し、その影響の大きさを思い知らされる日々であった。また、必要とされる対応の多くが、時として相反した事象であり、日々の意思決定について、影響の大きさを考慮した上で、どこでバランスをとるのかが極めて難しく、何を重視するのか、どれくらいのスパンを想定するのか、などなど、個々にその行動の内容が異なることを体感することになった。
意思決定に責任を有する方々は、投資家はもちろん、幅広いステークホルダーに対して、自らの価値創造ストーリーとの関係性を考慮し、様々な説明責任をおっておられる。それも一様ではなく、価値観が多様化する中での説明のためには、読み手の関心等に適合しなければならないが、一方で、無尽蔵にコストをコミュニケーション活動のために用いることもできない。
組織における多様性はイノベーションや、比較可能性につながる源泉であるが、これらは時として、組織内の混乱や対立を生み出すことは否定できない。しかし、リスクと機会が背中合わせであるように、エコシステムの中で多様性を活かせるのであれば、その組織ならではの競争力のある価値創出につながるはずである。
翻って考えてみると、これらの背景には経済のグローバル化や、様々な価値尺度を人々が有するようになったことがあるわけだが、決して無視できないのが、経済的/金銭的価値である。現在はIFRS財団の知的財産となっている統合報告フレームワークの最大の特徴のひとつは、「マルチキャピタル」概念の明示であり、その上で、主たる読み手を「財務資本の提供者」であるとしている。これは、財務資本の提供者が優位なのではなく、彼らの重視する価値は、その他の資本の提供者等にとっても無視できない価値を有している、という考え方に基づく。
財務資本の提供者からリソースの提供を受け、如何にして活用して、社会全体の価値を持続的に維持し、高める結果を創出しているのか、また、そのために何を行い、将来につなげていこうとしているのか。これらの内容をグローバルでの「共通言語」として浸透させていくことが、社会の持続可能性につながる故に、IFRS財団は「Better Information for Better Decisions」を掲げた基準作りを進めている。
その視点から、最近のIFRS財団の活動について、お知らせしていく。
新たなマネージング・ディレクターとしてMichel Madelaineが就任
2024年3月より空席となっていた、IASB、ISSB議長とともに、様々な活動をリードしていくオペレーションの責任者マネージング・ディレクターとしてMichel Madelaineが9月9日で着任した。任期は2年で、IFRS 財団の戦略計画の策定と実施を主導するとともに、IFRS 財団の中核となるチームを率いる責任を負うことになる[i]。
ISSBの設立に伴いIFRS財団の活動は、質/量ともに倍増した。その中で、資本市場の期待にこたえ、意思決定に貢献できる基準の策定を推進のために大きな役割を担う。トラステイとして、また、企業経営者としての経験も豊富なMadelaineとともに、アジア・オセアニアオフィスも、その役割を果たしていく所存である。
社会的な関心が高まりつつある会計領域
最近は日本経済新聞等で、会計基準に関わる記事を見かけることが多くなった。ある記者に聞いたところによると、会計関連の記事はオンラインでの閲覧数等が多く、よく読まれている記事領域のひとつ、ということである。
特に、2024年7月11日付の朝刊の第一面にIFRS第18号「財務情報の表示および開示」を取り上げた記事が掲載された。これまでの会計関連の記事の多くは、投資面で取り上げられることが多かった状況を考えると、一面に第18号の内容が取り扱われる等で関心が高まり、会計のツールではなく、企業を知るための基本的な尺度としての位置づけの拡大につながっていけば、と願っている。
それ以降でも、9月30日付の社説[ii]や、「IFRS変わる決算書」と題した連載が始まるなど、基準設定団体からの発信ではなく、情報の発信者・利用者など、様々な側面からの捉え方の展開を通じた理解の促進の動きは「社会的ツール」としてのあるべき姿の実現のために不可欠であると考えている。
今後とも、関係各位のご協力の下、正確でタイムリーな情報発信を行うとともに、関心を有してくださる方々に、直接にご説明等を行う機会を拡大していきたいと考えている。また、メディアの方々に対して、難しいと思われがちな内容について、正確・適切にお伝えすることにも注力してまいる所存である。
ディジタルタクソノミーへの理解を通じた的確な情報利用環境の促進
XBRL (eXensible Business Reporting Language)は、情報利用者が、発行体の提供する情報の大量かつ正確な取り扱いにつながり、意思決定に資する比較可能性を実現するための有効なツールとして、XBRLはグローバルで活用されている。
IFRS財団では、IFRS Taxonomy Consultative Groupを有し、年3回程度、会議が開催されている。日本からは筏井大祐氏に委員を務めていただいており、通常、年に一度、関係者の方にお集まりの上、議論の内容は課題等についてご報告・共有するとともに、様々な意見交換を行っている。今年は8月28日にハイブリッド形式で開催し、昨年よりもより広くお声がけを行ったこともあり、20名を超える方々にご参加をいただいた。
本グループの特色の一つが、IASBとISSBを別々のグループではなく、ひとつの組織として、両方のタクソノミーについて議論していることにある。特に、ISSBのタクソノミーが公表されたこともあり、IFRS財団がめざす包括的でつながりのある報告実現にむけた活動の一つである点に大きな意味があると考えている。
DXの流れを受けて、AIが読み込むことを前提とした報告データの在り方について、今後、さらなる検討が進んでいく。さらなる電子的な共通言語であるXBRLであるから、その一丁目一番地ともいえるデータフォーマットの標準化は不可欠なものである。発行体から提供する情報の有効活用のベースとなり、グローバルの投資家の日本企業の関する正確な分析を助けるためにも、大切な活動の一つとして取り組んでいく必要を認識している。資料等について関心がおありの方は、ぜひ、ご連絡いただければ、と考えている。
様々なエンゲージメント、教育的セッションの展開
9月初めには、IASB理事のFlorian Estererが来日し、セミナーや様々な取材を通じて、現在のIASB活動のアップデートの機会をいただくことができた。関係各位のご協力にあらためて感謝申し上げる。企業結合などの公開草案には、グローバルで100を超えるフィードバックをいただいており、従来から日本で関心の高い領域の意見交換や、投資家のみなさまと、無形資産など新たなテーマを含んだ対話の機会もいただくことができた。
ASEAN諸国のIASB、ISSBへの関心も高まりつつあり、理事が講演する機会も拡大しつつある。AOオフィスとして、引き続き、日本国内にとどまらない視野で活動を検討していきたい。
ISSBでは、これまでも、日本取引所グループのJPX ESG Knowledge Hub[iii]や日本証券アナリスト協会のみなさまのご協力をいただいてきた。定期的にそれぞれのウェブサイトで、解説動画などを掲載していただいている。
日本証券アナリスト協会のご支援により、昨年に引き続き、ISSB基準に関するセミナーシリーズ[iv]がスタートしている。ぜひ、2024年もご視聴いただくとともに、取り組みの充実に資するような内容を提供してきたいと考えている。ご意見、ご要望など、ぜひお知らせいただきたいと願っている。
来年にむけて
IFRS財団の事業年度は1月から12月となっている。このため、現在、来年の予算や計画等についての検討が様々な部署で行われている。
特にAOオフィスとして大きなチャレンジとなるのが、4月に予定されているIntegrated Thinking and Reporting Conferenceの東京での開催である。今年は、10月にミラノで行われ[v]、日本からのスピーカーにもご登壇いただき、加えて現地での参加、さらには、日本からも多くの方々にウェブでご視聴いただけた。日本は、世界の中で最も統合報告が浸透している国として、その特徴と経験を活かした内容とできれば、と願っている、準備の段階から、多くの関係者の方々のご支援をいただければありがたく、心よりお願い申し上げたい。
IASBにおける基準の議論の展開、ISSBのS1やS2の浸透、新たなアジェンダへの挑戦、Management Commentaryの最終化など、多くのことが想定される。
引き続きのご指導ご鞭撻、そしてご支援をよろしくお願い申し上げる。
[i] IFRS – Michel Madelain appointed as IFRS Foundation Managing Director
[ii] 「会計ビッグバン」を加速し意見を世界に
[iii] JPX ESG Knowledge Hub | 日本取引所グループ
[v] IFRS – IFRS Foundation Integrated Thinking and Reporting Conference