お問い合わせ

コーポレートガバナンスの新潮流 第24回 -グループガバナンス再考-

公開日: 2024年10月29日
筆者: 松田千恵子氏 東京都立大学大学院 経営学研究科 教授

 昨今、グループガバナンスに関するお悩みを伺うことが増えています。名だたる企業における不祥事の続発などを見れば頷けるところでしょう。改めてこの分野をおさらいしてみたいと思います。

コーポレートガバナンスの影響

 コーポレートガバナンス・コード(以下、CGコード)導入により注目が高まったコーポレートガバナンス改革の流れは、グループ内におけるガバナンスにも影響を与えるようになりました。コーポレートガバナンスが、株主を中心とするステークホルダーによる企業及び経営者を規律付ける仕組みだとするならば、経営者による企業グループ内の従業員を規律付ける仕組みがグループ(内)ガバナンスともいえます。

 グループガバナンスについては、法律上はハードローである金融商品取引法と会社法において「内部統制」として定められる一方、より広い企業価値向上のためのガイドラインとして経済産業省が2019年に公表した「グループ・ガバナンス・システムに関する実務指針」(以下、GG指針)が、CGコードの補完という立場のソフトローとして存在しています。

「内部統制」の重要性

 ハードローの重要性は言うまでもありません。金融商品取引法上で定められているのは、通称J-SOXと呼ばれる内部統制報告制度で、1992年及び1994年に公表されたCOSOフレームワークを基礎に置いています。2023年には非財務報告などに関わる重要な法改正もなされました。

 一方、会社法においては、2015年の会社法改正により、内部統制システムの整備に関する内容が当該株式会社だけではなく、その子会社から成る企業集団の業務の適正を確保するために必要なものとして体制整備が要求されることとなりました。「親会社取締役の子会社監督義務」までは明文化されていません。子会社の監督という職務の範囲が不明確であることや、子会社取締役との利害相反が考えられることなどがその理由です。しかし、親会社は子会社の支配株主であり、親会社取締役は親会社に対して負う善管注意義務として子会社業務を監督する責任があるという見解は支配的でしょう。上記の改正会社法は内部統制システムの中に企業集団のそれが含まれることを明記しているため、適正に企業集団の内部統制構築運用を行わなかった場合に責任を問われることもあると考えられます。

 いずれにせよ、趣旨の異なる複数の法律と規則等から成り立つ内部統制は、広範な内容が複雑に規定されており、経営者としては、単に違法の阻止に努めるだけではなく、効率的な業務執行や適正な情報開示などについても体制の整備が必要です。これらを怠れば責任を追及される可能性もある一方で、どこまで行えば良いのかという明確な線引きは無いのは悩ましいところです。

企業価値向上との関連

 GG指針は、「主として単体としての企業経営を念頭に作成されたコーポレートガバナンス・コード(中略)の趣旨を敷衍し、子会社を保有しグループ経営を行う企業においてグループ全体の企業価値向上を図るためのガバナンスの在り方をコードと整合性を保ちつつ示すことで、コードを補完するもの」として公表されました。この背景には、当時大企業における上場子会社問題がクローズアップされていたことも挙げられます。上場子会社問題は当時のCGコードでは触れられていなかったため、GG指針がCGコードの補完的な役割を果たしています。

 GG指針の内容は6章に分かれており、①はじめに、②グループ設計の在り方、③事業ポートフォリオマネジメントの在り方、④内部統制システムの在り方、⑤子会社経営陣の指名・報酬の在り方、⑥上場子会社に関するガバナンスの在り方、という構成になっています。

 ハードローにおける定めと最も近いのは「内部統制システムの在り方」です。同指針でも「いわゆる「守りのガバナンス」に関連の深い内部統制システム」との表現があります。ただ、同指針は「そもそも「攻め」と「守り」の二元論で捉えることは適切ではなく、ともに企業価値の向上と持続的成長を支えるリスクマネジメントの一環として常に同時並行で取り組むべき」としています。

 一方、最も「攻め」のガバナンスに近いのが「事業ポートフォリオマネジメントの在り方」でしょう。ここでは、「グループ全体として中長期的な企業価値向上を見据えながら、資本コストを意識し、ノンコア事業からの撤退を含めた事業ポートフォリオの最適化を図ることが大きな課題」とされ、CGコードでも強調されている経営戦略の明確化やその株主への説明などを要請しています。また、事業ポートフォリオマネジメントを行うにあたっての取締役会における議論活発化などガバナンスの強化や、事業評価や経営管理の仕組みの構築、CFOの育成などについても触れられています。

 「グループ設計と本社の役割」に関しては、分権化と集権化のバランスや、事業部門・社内カンパニー・持株会社といった組織形態と権限配分、グループ本社の役割とコングロマリットプレミアムの実現、更には子会社管理に至るまで、グループ設計がグループ経営の目的に対して合理的であるかという視点から多くの提言がなされています。

 「子会社経営陣の指名・報酬」も重要です。親会社は子会社の株主であり、株主としてのガバナンスを働かせて子会社経営者を規律付ける存在でもあります。グループとしての企業価値を向上させる観点から、子会社経営陣の指名・報酬に関し、「グループとしての共通化・一元化の要請と、各子会社・各地域の多様性に応じた柔軟な対応の要請との適切なバランス」を図ることの重要性が謳われています。

 こうした枠組みを改めて俯瞰したうえで、単なるボックスティッキングではない内部統制を再構築し、本来のリスクマネジメントに資するグループガバナンスを改めて考える良い時機ではないでしょうか。

 

筆者略歴

松田千恵子氏 東京都立大学大学院 経営学研究科 教授

金融機関、格付アナリスト、国内外戦略コンサルティングファームパートナーを経て現職。公的機関の経営委員、上場企業の社外取締役を務める。筑波大学院企業研究科博士後期課程修了。博士(経営学)。近刊に「サステナブル経営とコーポレートガバナンスの進化」(日経BP社)、「全社戦略ーグループ経営の理論と実践」(ダイヤモンド社)。