お問い合わせ

IFRS財団の最新活動情報_対話と長期視点の必要性が高まる多様性の時代に向けて

公開日: 2024年7月31日

 筆者: 芝坂佳子氏 IFRS財団アジア・オセアニアオフィス ディレクター

 

 円安の続く中、例年以上に多くの方々の日本訪問が報道されている。日本は、海外からの観光客を引き付ける魅力ある国であることを再認識するが、では、その根源はどこにあるのだろうか。考えてみると、それらの魅力の源泉の多くは「財務的な金額価値」で表されるものではない。しかし、歴史や文化を通じて長年にわたり蓄積されてきた日本のユニークさは、「観光立国」を支える極めて価値の高い資本である。他と違うからこそ価値があり、競争力があるわけで、さらに、その魅力を維持させ、価値の創造に結びつけて行くには、自らが有している有形/無形の財のありようを分析し、時間軸を踏まえた上で、将来に備えて行く必要がある。伝統文化なのか、アニメなのか、景観なのか、「おもてなし」の心なのか。その組み合わせの上に、価値を創造するという戦略的プロセスの大切さは、企業においても同様であろう。

 IFRS財団が提供している企業報告のための基準は、企業の実態を示すと同時に、社会から付託されたリソース(この中には、財務的なものだけではなく、人材や資源なども含まれる)の利活用を通じて生み出された価値、さらには、将来の活動につながる意思決定を支援するためのコミュニケーションツールである。ツールは利用されてこそ意味があるが、同時に、利用者の便益につながり、さらには、利用者相互の理解につながるコミュニケーションに資するものでなければならないだろう。

 経済のグローバル化、エコシステムの深化により、バリューチェーンに関わる主体も多様化している中、組織が自らの価値を表し、内外の活動につながる意思決定に結びつけるためには、価値の源泉である多様性を表せると同時に、共通理解に基づくコミュニケーションツールそのものの浸透と利用の促進が不可欠だ。その根本的な問題意識に基づく活動が、2024年4月から7月にも数多くなされてきたと捉えている。

自らの説明責任を果たすためのアニュアルレポートの発行

 IFRS財団は多くの団体や組織によって支えられている。1年間の活動と今後の取り組みについて説明するためのアニュアルレポートを作成しており、4月末に2023年版[i]を公表した。

 2023年の主たる成果として、2つのIFRS会計基準、そして最初のIFRSサステナビリティ開示基準であるS1号とS2号の公表、今後の活動を支えるための組織体制の強化を示している。2024年の優先順位として、IASBにおける新たなプロジェクトの開始やSMEs向けIFRS会計基準などを含む意思決定、ISSBの導入支援と今後の作業についての最終化、基準の適用のための各国の基準設定団体や投資家等の資本市場関係者との連携強化、活動を支えるための財政計画や多様な文化を背景とする継続的基準開発のための土台づくりなどが挙げられている。

 また、IFRS財団そのものの環境や社会に対する取り組みなどにも触れている。

IFRS18号および19号のリリースと活用にむけた活動の展開

 4月には、約10年間に渡る協議の成果であるIFRS第18号「財務諸表の表示及び開示」が、5月には、第19号「公的説明責任のない子会社:開示」を公表した。特に、第18号は企業実務に大きく影響すると想定されるため、7月1日、および2日にかけて、IASB理事のNick Andersonが来日し、関係機関の多大なるご協力のもと、セミナーを始めとする教育的セッション[ii]を開催することができた。本基準については、社会的な関心も高く、日本経済新聞朝刊[iii]でも大きく取り上げられている。

 9月にもIASBの活動や新基準等を紹介するイベントを予定しており、広く関心のある方々にむけた活動を展開する計画である。また、中国やASEAN諸国でも関心が高く、アジア・オセアニアオフィスとしての支援を続けたいと考えている。

ISSBの適用にむけた動きがますます活発に

 昨年6月に公表されたIFRS S1号と2号であるが、現在、日本を含む20以上の国や法域において適用あるいは何等かの使用にむけた準備がすすんでいる。合計するとGDPベースで半分以上を超えているが、その形態は様々である。5月には、適用にむけた検討を支援するためのガイドが公表された[iv]

 また、GRI[v]やESRS[vi]との関係性を整理する文書も相次いで公表されている。今後、アジア・オセアニアオフィスでは、これらの文書の日本語化もすすめ、様々な制度的要請にとりくんでおられる方々に提供していきたいと願っている。

ISSBのこれから

 2023年に実施したPublic Consultationを分析[vii]し、今後2年間のISSBの作業計画が6月に最終決定された。ISSBは今後2年間においては、「S1号とS2号の導入支援」を最も重視する活動に位置づけ、「SASBスタンダードの向上」と「新たなリサーチ及び基準設定プロジェクトの開始」は少々低いレベルとしつつも、この2つに同等に注力することとした。

 日本では多くの方々から「次のアジェンダ」に関心が寄せられていたところだが、リサーチ対象は「生物多様性等(BEES)」および「人的資本」となった。日本の成長戦略のひとつとして、人的資本の活用に資する開示が進行している中、日本の貢献のあり方についても、関係各位と連携し、進めていきたいと考えている。

 ISSBの大きなテーマとして、関連性の高い団体との戦略的関係の構築があり、その展開は、発行体企業の実務支援の点からも、投資家の意思決定に資する質の情報提供の土台構築の点からも大きな意味があると考える。6月末には、その展開状況についての説明[viii]もなされた。

コネクティビティの強化に関わるいくつかの動き

 発行体から提供される情報の有効活用のためには、IT技術の利用が不可欠であり、そのために不可欠な標準化を土台として、比較可能性や透明性、信頼性につなげていかなければならない。XBRLの活用はその鍵であり、IFRSサステナビリティ基準についても4月にディジタルタクソノミーが公表された[ix]。情報がタギングされることで、相互のつながりが明らかとなり、報告の背景や根拠、意味などの理解につながると期待できる。

 また、6月のIASBボード会議により、2021年5月にリリースしたManagement Commentary (MC)の公開草案を、ISSBとの協力のもと、2025年上半期中で最終化することが決定された[x]。MCは基準ではなく、実務指針ではあるが、ISSBとの連携での作業の中で、財務情報とサステナビリティ情報関連財務情報の関連性の理解が醸成され、統合的思考に基づく方向の展開につながっていくことを期待している。

おわりに

 7月はじめに熊本で開催されたアジア開発銀行が主催する会議に参加する機会があった。ASEAN諸国から市場関係者が多く参集している中、IFRS財団が提供する基準の展開を進めるためには、それぞれの国や地域の特性との関係性に対する理解が不可欠であると改めて感じる場面が多かった。国であれ、企業であれ、それぞれの個性こそが競争力の源泉となる時代において、「基準だから」とか「ルールだから」という根拠だけでは、企業価値につながる活動とはなっていかず、結果として、経営者はそのための投資を行おうとはしないだろう。企業報告は説明責任を果たし、評価を獲得するための活動であるとの理解醸成のための施策も、東京に拠点を置くアジア・オセアニア事務所の役割ではないか、と考えている。

 2024年後半も、前半以上に多くの動きがある。タイムリーな情報発信と幅広いエンゲージメントの展開を進める所存である。引き続き、関係各位のご指導ご鞭撻を賜りますよう、お願い申し上げる。


[i] ifrs-foundation-annual-report-2023.pdf

[ii] 日本公認会計士協会および財務会計基準機構の共催によるセミナーについては、IASBセミナー:JICPAセミナー より資料等のダウンロードが可能。

[iii] 7月11日付一面「営業利益ルール統一―国際会計基準 比較しやすく」

[iv] inaugural-jurisdictional-guide.pdf (ifrs.org)

[v] interoperability-considerations-for-ghg-emissions-when-applying-gri-standards-and-issb-standards.pdf (ifrs.org)

[vi] esrs-issb-standards-interoperability-guidance.pdf (ifrs.org)

[vii] agenda-consultation-feedback-statement-june-2024.pdf (ifrs.org)

[viii] IFRS – ISSB delivers further harmonisation of the sustainability disclosure landscape as it embarks on new work plan

[ix] IFRS – IFRS Sustainability Disclosure Taxonomy 2024

[x] IFRS – Management Commentary