お問い合わせ

IFRSワンポイント・レッスン 第31回_ IFRS第9号「金融商品」(減損)とIFRS第15号「顧客との契約から生じる収益」の適用後レビューについて

公開日: 2023年10月31日
筆者: 坂口和宏氏 富士通株式会社 財務経理本部 経理部 財務企画部長

ワンポイント

 国際会計基準審議会(IASB)は、IFRS第9号「金融商品」(減損)とIFRS第15号「顧客との契約から生じる収益」の要求事項についての利害関係者からの意見を求めるため、それぞれ2023年5月30日と6月29日に情報要請を公表した。

 文中の意見にわたる部分は筆者の私見である。また、紙幅の関係から基準等の記載を簡略化している場合があるため、正確な理解のためには原文を参照していただきたい。

はじめに

 国際会計基準審議会(IASB)は、デュー・プロセスの一環として、IFRS第9号「金融商品」(減損)とIFRS第15号「顧客との契約から生じる収益」の適用後レビューに着手しており、今般、それぞれの要求事項について利害関係者から広く意見を求めるため、Request for Information(情報要請)を公表した。適用後レビューは、基準が重要な問題なく開発時に意図した通り機能しているか、また、実務での適用上の課題がないかについて、確認・評価することを目的としている。本情報要請に対するコメントは、それぞれ2023年9月27日と10月27日まで募集している。

 IFRSワンポイント・レッスンの第28回でもIFRS第9号「金融商品」(減損)とIFRS第15号「顧客との契約から生じる収益」の適用後レビューについて紹介したが、その際は、本情報要請が公表される前のIASBのアドバイザリーグループ等からのクローズドかつ初期的な情報収集であった。今回は一般に公開しての情報収集であり、より幅広な意見が求められるものである。

IFRS第9号「金融商品」(減損)

 IFRS第9号は、IAS第39号「金融商品:認識及び測定」を置き換えたものであり、主な変更点として、①金融資産の分類及び測定のアプローチ(企業の事業モデル及び金融資産のキャッシュ・フロー特性の反映)、②将来予測的な予想信用損失モデル(貸倒損失のより適時な認識)、③ヘッジ会計モデル(リスク管理の経済実態と会計処理とのより適切な関連付け)が挙げられる。このうち①についてはすでに適用後レビューが完了しており、要求事項の目的や原則の明確さや適切さについて利害関係者が根本的な問題を認識しておらず、基準が開発時に意図した通り機能していると結論付けられている。今回は②が適用後レビューの対象であり、③は今後実施が検討される。

 予想信用損失モデルを開発する上でのIASBの主な目的は、企業の金融資産及び与信のためのコミットメントに係る企業の予想信用損失に関して、より有用な情報を財務諸表利用者に提供し、将来キャッシュ・フローの金額、時期及び不確実性に関する利用者の評価に役立てることであった。

 本情報要請では、減損の要求事項の適用による利害関係者への影響という全体的な評価に加え、以下の個別具体的な領域についてもフィードバックが求められている。

  • 予想信用損失の認識に関する一般的なアプローチ
  • 信用リスクの著しい増大の判定
  • 予想信用損失の測定
  • 営業債権、契約資産及びリース債権についての単純化したアプローチ
  • 購入又は組成した信用減損金融資産
  • IFRS第9号における減損の要求事項と他のIFRSの要求事項の適用
  • 経過措置
  • 信用リスクの開示
  • その他の事項

 なお、これまで利害関係者から寄せられた評価としてIASBは以下を挙げている。

  • 予想信用損失モデルの適用により信用損失がより適時に認識されることとなり、信用損失の認識の遅れという従前の課題に対処できている。
  • 減損の要求事項は、COVID-19パンデミック下のような経済的な不確実性が増大した期間を含めて、実務において概ねうまく機能している。一方で、特定の要求事項についての適用上の課題や開示におけるバラつきも識別されている。

IFRS第15号「顧客との契約から生じる収益」

 IFRS第15号は、IAS第18号「収益」やIAS第11号「工事契約」等を置き換えたものであり、収益の認識、測定及び開示に関する包括的で堅牢なフレームワークの構築により、企業・業種・法域・資本市場の間での収益認識の比較可能性を向上させるとともに、ケースバイケースで開発されるガイダンスの必要性を減少させ、開示に関する要求事項を通じてより有用な情報を提供することが意図されていた。

 本情報要請では、IFRS第15号の要求事項の適用による利害関係者への影響という全体的な評価に加え、以下の個別具体的な領域についてもフィードバックが求められている。

  • 契約における履行義務の識別
  • 取引価格の算定
  • 収益を認識するタイミングの決定
  • 本人・代理人の検討
  • ライセンスの供与
  • 開示に係る要求事項
  • 経過措置
  • IFRS第15号における要求事項と他のIFRSの要求事項の適用
  • Topic606(米国基準)とのコンバージェンス
  • その他の事項

 なお、これまで利害関係者から寄せられた評価としてIASBは以下を挙げている。

  • IFRS第15号はその目的を達成しており十分に機能している。
  • 複雑な基準であるため、大半の企業は基準を理解するために時間を要し、また、導入にあたって相応のコストを要した。但し、企業は既に会計方針を策定し、追加的な対応コストも減少している。
  • 企業間での収益認識に係る情報の比較可能性が向上したものの、要求事項を複雑な事実パターンに適用する際に重要な判断を用いる必要があるため、企業間での会計処理のバラつきにつながる可能性がある。

おわりに

 IFRS第9号「金融商品」とIFRS第15号「顧客との契約から生じる収益」は、どちらも2018年1月1日以降開始する事業年度から適用となった基準であり、企業の決算に大きな影響を与える基準の改訂のタイミングが重なったことで、実務では大変な負担となるものであった。IFRS第9号の予想信用損失モデルとIFRS第15号の収益認識に係る5ステップモデルという新しい概念の導入により、多くの企業では、基準の理解や会計方針書の作成、社内のマネジメントや関連部門への理解の浸透、内部統制の構築・見直し、さらには適用過程における外部アドバイザーの活用と、経理部門の工数だけでなく全社的な工数やコストを要したと思われる。

 一方で、当初の苦労を乗り越えた後は、従前の基準と比べてフレームワークがしっかりとしているため、新たに出てくる個別事象への適用がし易い側面もあろうかと思う。世の中では日々新しい制度やビジネスが生じており、それらに対応した適切な決算を実施するためにはやはり原理原則に立ち返るしかないと考える。今回の情報要請を機に、両基準が原理原則の観点から適切なつくりとなっているか再確認したい。

筆者略歴

富士通入社後、海外子会社の事業管理を経て、2002年から2005年まで米国駐在。帰国後、IFRS推進室にて全社IFRS適用プロジェクトに従事。2010年企業会計基準委員会(ASBJ)へ出向。2012年英国の国際会計基準審議会(IASB)へ出向し、主にIFRS解釈指針委員会の案件を担当。現在、富士通の本社経理部門にて、富士通グループの財務会計を統括。  

ASBJ 収益認識専門委員会専門委員・IFRS適用課題対応専門委員会専門委員
世界作成者フォーラム(Global Preparers Forum、GPF)メンバー