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コーポレートガバナンスの新潮流 第17回 -戦略課題としてのサステナビリティ-

公開日: 2022年12月27日
筆者: 松田千恵子氏 東京都立大学大学院 経営学研究科 教授

 会計に携わる方々の間では、非財務指標を巡る規制や監査のあり方など、これから先の対応が大いに問題になっていることと思いますが、投資家の世界では、早くもESG投資(Environment、Social 、Governance)の動向に変化が見られます。一時の大流行とは一線を画し、場合によっては「ESGヘイト」と呼ばれる現象も増え、この呼称をやめるべきという声も出ています。ESGウオッシュといった指摘もこれまで以上に頻繁になされるようになってきました。

ESGを巡る過渡期の状況

 では、こうした資本市場側の変調は、企業のESGへの取組についても「一時停止」を求めるのでしょうか。今のところそうした兆しは見られません。様々な問題はあるものの、それらはいずれも企業がESGに取り組まなくて良いということを意味するわけでもありません。ESGヘイトはむしろ、ESGが明確に定義されていないことや、「ESGウオッシュ」への批判の表れとも言えましょう。ESG研究で有名な英オックスフォード大学のロバート・エクルズ客員教授は、「ESGという言葉に意味はなくなった」という発言をしていますが、むしろこれはESGが「当たり前」になっていくうえで必然の過程でしょう。ESGを投資家的な立場から、「環境や社会を用いる企業をきちんとガバナンスすれば中長期的なリターンが高まる」という人々には、昨今の環境や社会活動家の主張は我慢がならないでしょうし、環境や社会問題の解決こそESGのあるべき姿だと信じる人々からは、投資家的な思考は営利的であり過ぎるとみえるでしょう。こうした見方が交錯し様々な化学変化を起こしているのが現在の状況ではないでしょうか。ただひとつ、おそらく間違いのないことは、「企業への圧力は高まりこそすれ減ることはない」ということです。ESGについて考えるのが当たり前の時代になれば、それについての開示も当然、ESGの要素を含む経営戦略の立案や実行も当たり前、ということになります。

企業への圧力は今後も強まる

 既に企業の側でもある程度の心の準備はできているようです。過去、CSR(企業の社会的責任に邁進していた時期の面影はなく、CSR推進部門はサステナビリティ推進部門へと衣替えされています。経済的責任と断絶した社会的責任はなく、両者を統合した将来の姿の提示が求められています。持続的な成長と中長期的な企業価値向上と言った言葉に代表されるサステブル経営への傾斜は不可逆的であり、企業が環境や社会問題について取り組むべきという本質的な流れは一層強まってきています。今後の動向が業界の将来を決定づけるような業界も多く出てきています。たとえば航空業界の事例は典型的でしょう。航空機の使用は「乗り恥」とまで言われましたが、確かに1kmあたりのカーボンフットプリントは様々な業界の中でも群を抜いて多い状況です。

 それゆえ、どこの航空会社もCO2排出量を実質ゼロとする中長期環境目標を掲げ、SAF(Sustainable Aviation Fuel、持続可能な航空燃料)の開発や実用化などの動きも盛んです。こうした取組は単なる社会貢献ではありません。それによって本業の企業価値向上に役立たなければ意味がないのです。また、個社だけで何とか出来るわけでもありません。さらに、こうした取組を進んで行っていかなければ、企業間取引において排除されてしまう懸念も高まっています。グローバルに活躍する先進企業の多くは、Scope3 まで含めたカーボンニュートラルを宣言しています。サプライチェーン全体で排出を抑制していくということです。サプライヤーの視点に立つと、CO2排出量削減努力を行っていない取引先との関係は、将来的には縮減していかざるを得ないでしょう。また、ある企業が、CO2排出量削減の対応が遅れる企業をサプライヤーに持ち、先進企業を顧客に持つ場合は板挟み状態になってしまいます。企業の大小を問わず、サステナビリティへの取組は「今そこに在る危機」として企業に迫ってきています。もちろん航空業界だけの問題ではありませんし、企業の規模も問いません。まがうことなき戦略課題であるといえましょう。

エシカル消費と企業への認証

 消費財業界も例に挙げてみましょう。最近、海外では「B コープ認証」を取る企業が増えてきました。この認証は、米国の非営利団体であるB Labが行っているもので、「B」は「Benefit(利益)」の意味であり、ステークホルダーに対する利益を表しています。環境や社会へのパフォーマンス、透明性、説明責任、持続可能性において優れた会社に与えられる国際的な認証制度です。海外では、パタゴニアやダノンなどの有名企業を含む5,000社以上が取得し、サステナブル経営に積極的な企業を表す指標として、もはやスタンダードとなっています。日本では認証取得は2022年10月でまだ15社に留まっているということですが、今後、エシカル消費の拡大とともに、この認証の影響力は我が国においても急速に強まっていくでしょう。B コープ認証を獲得した企業の商品を選好するといった消費者は若年層を中心に増え続けています。海外では、身近な日用品だけではなく、環境への負荷を抑えた旅行パッケージなど、サービスの分野にもこうした動きは広がっています。今回は幾つかの業界を例として挙げましたが、本業におけるサステナビリティについて、真剣に考え、取り組むことは喫緊の課題と言えましょう。そして、これはまさにトップマネジメントが考えるべき経営課題であるといえます。

筆者略歴

松田千恵子氏 東京都立大学大学院 経営学研究科 教授

金融機関、格付アナリスト、国内外戦略コンサルティングファームパートナーを経て現職。公的機関の経営委員、上場企業の社外取締役を務める。筑波大学院企業研究科博士後期課程修了。博士(経営学)。近刊に「ESG 経営を強くするコーポレートガバナンスの実践」(日経BP社)、「経営改革の教室」(中央経済社)。