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IFRSワンポイント・レッスン 第26回_IFRS第15号「顧客との契約から生じる収益」-本人か代理人か:ソフトウェア再販業者

公開日: 2022年6月28日
筆者: 坂口和宏氏 富士通株式会社 財務経理本部経理部財務企画部シニアマネージャー

ワンポイント

IFRS解釈指針委員会(IFRS-IC)より、ソフトウェア・ライセンスの再販取引における再販業者の会計処理についてのアジェンダ決定が公表されている。一般的によく見られる取引であり、かつ、IFRS第15号の事実パターンへのあてはめについて詳細な記載がされているため、アジェンダ決定の内容を紹介する。

文中の意見にわたる部分は筆者の私見である。また、紙幅の関係から会計基準等の記載を簡略化している部分があるため、正確な理解のためには原文を参照していただきたい。

アジェンダ決定公表までの流れ

IFRS-ICは、特定の事実パターンにおけるソフトウェア・ライセンスの再販業者が、IFRS 第15号「顧客との契約から生じる収益」(以下「IFRS第15号」)に照らして本人と代理人のどちらに該当するかについて、明確化するよう要望を受けた。

IFRS-ICは、2022年4月の審議において、要望書における事実パターンに基づき再販業者が本人と代理人のどちらに該当するかを決定するための適切な基礎を既存のIFRSが提供していると結論を下し、その旨のアジェンダ決定を公表することとした。2022年5月のIASBボード会議にて反対意見が出なかったため、当該アジェンダ決定は2022年4月のIFRIC Updateにおいて、補遺(Addendum)を追記される形で公表された。

要望書における事実パターンの概要

  • 登場人物は、再販業者、顧客、ソフトウェア開発会社の三者。
  • 再販業者のソフトウェア開発会社との契約に基づく権利及び義務は以下の通り。
    • ソフトウェア開発会社のソフトウェア・ライセンス(以下「ライセンス」)を顧客へ販売する。
    • ライセンスの価格設定における裁量権を有する。
    • ライセンスの販売前に顧客へ助言サービス(顧客のニーズを満たすライセンスの種類と数量の特定)を提供する。
    • 顧客のニーズを満たさない助言サービスの結果として顧客がライセンスを受け取らない場合、再販業者は当該ライセンスを返品もしくは転売できない(すなわち、在庫リスクを有する)。
  • 助言サービスの内容は顧客のニーズに依存する。助言サービスの結果、顧客がライセンスを購入する場合、再販業者は顧客と販売価格の交渉を行った上で、ソフトウェア開発会社に発注・支払いを行い、顧客に合意した金額を請求する。顧客がライセンスを購入しない場合、再販業者は顧客から支払いを受けない。
  • ソフトウェア開発会社は、発注に基づき、ライセンスを顧客の名義で発行し、顧客へ提供するとともに、アクティベーションに必要なキーを提供する。ソフトウェア開発会社と顧客は、ソフトウェアに関する顧客の権利やソフトウェアの機能の保証、ライセンスの条件についての契約を締結する。

IFRS第15号の要求事項(B34-B38項)

  • 企業は、顧客への財又はサービスの提供において他の当事者が関与している場合、企業の顧客への約束の性質が特定の財又はサービスを提供することか(企業が本人)、他の当事者による当該財又はサービスの提供を手配することか(企業が代理人)を判断する。
    • 企業は、顧客への約束の性質を判断するため、財又はサービスを識別し、財又はサービスのそれぞれが顧客に移転される前に当該財又はサービスを企業が支配しているかどうかを評価する。
    • 企業は、顧客に約束した財又はサービスを顧客に移転する前に支配している場合は本人であり、支配していない場合は代理人である。

アジェンダ決定の概要

論点を二つに分けた上で解説されている。

論点①:顧客に提供される財又はサービスはどのように識別されるか。

  • 顧客との契約における約束した財又はサービスを評価する。顧客との契約は一般的に企業が顧客へ移転する約束を明示している。一方で、契約には企業のビジネス慣習や公表しているポリシーその他による黙示的な約束が含まれている場合があり、契約締結時において、当該黙示的な約束によって企業がある財又はサービスを顧客に移転するという妥当な期待を生じさせる場合もある。
  • 要望書の事実パターンでは、ライセンスを提供するという約束が契約に明示されている。再販業者による助言サービスは、契約締結前にすでに顧客に提供されているため、契約における黙示的な約束ではない。すなわち、契約締結時において、ライセンス以外の財又はサービスが提供されるという妥当な期待は顧客には生じない。
  • 以上より、顧客に提供される財又はサービスはライセンスのみである。

論点②:再販業者は財又はサービスが顧客に移転される前に当該該財又はサービスを支配しているか。

  • 企業が、財又はサービスの支配を他の企業から獲得した後に、当該財又はサービスを顧客へ移転する場合、企業は本人である。支配とは、資産の使用を指図し、資産から生じるほとんどすべての便益を獲得する能力である。IFRS第15号における支配についての諸原則及び要求事項を適用した後に、企業が本人なのか代理人なのかが不明確である場合には、B37項における指標を考慮する。本人か代理人かを判断するにあたっての指標には、約束の履行についての主たる責任・在庫リスク・価格設定の裁量権の有無が含まれる。
  • 要望書の事実パターンを踏まえると:
    • ソフトウェアの機能及びライセンスの発行とアクティベーションに責任を負うのはソフトウェア開発会社であり、その観点において、ソフトウェア開発会社は顧客への約束の履行についての主たる責任を有している。
    • 再販業者はライセンスの提供前後に関与する当事者であり、顧客が受け取らないライセンスに対する責任を負っている。従って、その観点において、再販業者は顧客への約束の履行についての主たる責任を有している。
    • 再販業者は、顧客との締結前にライセンスを他の顧客へ仕向けることができないためライセンス提供前には在庫リスクを有していないが、ライセンスが顧客に移転されてそれを顧客が受け入れるまでは在庫リスクを有している。
    • 再販業者はライセンスの価格設定の裁量権を有している。例えばマーケットの状況から再販業者が柔軟な価格設定ができないケースがあるように、支配の判断における価格裁量権の目的適合性は高くないかもしれない。

結論

  • 再販業者が本人か代理人かは、関連する契約の条件も含めた事実と状況を踏まえて、支配の獲得とそれを判断するための指標に基づいて、判断されるべきものである。
  • 当該判断が再販業者のビジネスに照らして重要であれば、再販業者は会計方針等において適切な開示を行うこととなる。
  • 既存のIFRSは、要望書における事実パターンに基づき再販業者が本人と代理人のどちらに該当するかを決定するための適切な基礎を提供している。

実務への影響

本人か代理人かの判断は、財務諸表において収益を総額と純額のどちらで表示するかを決定するものであり、収益に係る経営指標にも影響するため、慎重な検討が必要である。世の中の取引は多種多様であり、今回の要望書の事実パターンと類似する取引はあれども、全く同じ内容や条件の取引は皆無に近いと思われる。IFRS-ICの結論にもあるように、取引固有の事実関係と会計基準の要求を踏まえて判断することとなる点、留意したい。

なお、本稿ではアジェンダ決定を簡略化して紹介している。実際のアジェンダ決定では事実パターンへの会計基準の適用が詳細に記載されているため、適宜参照いただきたい。

筆者略歴

坂口和宏氏 富士通株式会社 財務経理本部経理部財務企画部シニアマネージャー

富士通入社後、海外子会社の事業管理を経て、2002年から2005年まで米国駐在。帰国後、IFRS推進室にて全社IFRS適用プロジェクトに従事。2010年企業会計基準委員会(ASBJ)へ出向。2012年英国の国際会計基準審議会(IASB)へ出向し、主にIFRS解釈指針委員会の案件を担当。現在、財務会計制度及びディスクロージャーに従事。

ASBJ 収益認識専門委員会専門委員・IFRS適用課題対応専門委員会専門委員
Global Preparers Forum(GPF:世界作成者フォーラム)メンバー