公開日: 2022年6月28日
筆者: 松田千恵子氏 東京都立大学大学院 経営学研究科 教授
3月決算企業、およびその関係者の方々にとっては、株主総会もほぼ終わり、取締役会も新たなメンバーとなり、改めて企業内部の経営課題に向き合う時期となっているかと思います。既に年間の議題などは決まっていらっしゃるでしょうか。実は最近、取締役会のアジェンダ(議題)設定について聞かれることが非常に増えてきました。一緒に考えてみましょう。
年間を通じたスケジュール
以前の取締役会であれば、事務局がアジェンダ設定に頭を悩ますことなどはなかったかと思います。経営会議等で挙がった議題をそのままなぞっていればよく、それも形式的な審議しかなされなかったのですから。
しかし、今や状況はすっかり様変わりです。一つの議題について審議するのにも時間がかかるようになり、多くの企業において付議基準の変更などは既に行われているかと思います。会社の将来に大きな影響を及ぼすような重要な案件に集中できる体制は徐々に整ってきているのではないでしょうか。
問題は、「では、具体的に何を取り上げるか」です。コーポレートガバナンス・コード(CGコード)において「取締役会で議論すべし」と“名指し”されているアジェンダがいくつかあります。何と言っても筆頭に挙げられるのは、「会社の目指すべきところ(経営理念等)を確立し、戦略的な方向付けを行うこと」です。そのために「具体的な経営戦略や経営計画等について建設的な議論を行うべき」とされています。ここまで言われたらやらざるを得ません。また、それを行うにあたっては「中長期的な企業価値向上の観点から、自社のサステナビリティを巡る取り組みについて基本的な方針を策定すべき」であるともされています。加えて「適切なリスクテイクを支える環境整備を行うこと」とあり、その合わせ鏡として「内部統制や全社的リスク管理体制の整備」も求められています。さらに、「事業ポートフォリオに関する基本的な方針や事業ポートフォリオの見直し」については取締役会で決定されるものとなっているのでこれも議論が必要でしょう。そして、当然ながらこれらを執行するトップの選解任は「会社におけるもっとも重要な意思決定」であり、役員の指名や報酬、後継者計画を含めて委員会を通じて議論しなければなりません。いずれも、質量ともに重量級の課題と言えます。こうした経営課題を、手当たり次第に議論するだけではおそらく抜け漏れが発生します。新メンバーでの取締役会開始とともに、年間を通じた議論のスケジュールを作ることは必須です。
戦略議論を行っていない企業
また、こうしたスケジュールがきちんと設定されているかということは、監査を行う立場の方々の関心事でもあることでしょう。CGコードがこれほど書き立てても、実際に戦略論議を取締役会の場できちんと行っている企業はおよそ6割弱。残りの企業は、取締役会という重要な意思決定の場において、自社の戦略議論が殆ど、あるいはまったく行われていないという結果が出ています[1]。
そうした企業の中には、「ウチは事業が沢山あってカバーしきれない」「社外取締役には戦略議論など難しい」という声もあります。実際に議題を具体化してスケジュールを作る作業をし、その議題を議論するための準備をしなければならないのはガバナンス事務局ですから、ためらう気持ちも分かります。しかし、別にオペレーションの詳細について議論する必要はありません。社外取締役にさえ自社の経営戦略の要諦を理解してもらえないのであれば、投資家との建設的な対話など絶望的です。また、時間がないのであれば、オフサイトミーティングをするなり、合宿するなりして時間を作れば良いことです。事業が幾つもあるなら、毎回の取締役会の終了後に、少し時間を割いてひとつずつ議論の場を設けても良いでしょう。社外取締役は“お客様”として来ているわけではありません。議論の当事者として遇しましょう。また、その際に事業や機能の責任者にきちんと話をしてもらうことで、執行の側の意識醸成やマネジメント・トレーニングにもつながります。
取締役会の実効性評価の活用
別の観点から、取り上げるべき議題を検討する必要もあります。社内外の取締役自身が「気になっていること」は是非明らかにして、必要に応じて議論したいものです。これを明らかにするには、もちろん普段のコミュニケーションが一番ですが、取締役会の実効性評価などのアンケートの際に意向を聞くことは役に立ちます。タイミング的にも次の一年間のスケジュールを作るうえでは良い機会となります。
「社外取締役に議題を聞くと何が出てくるか分からないから嫌だ」という企業もいます。また、最近では社外取締役を過半数にしたり、取締役会議長を社外取締役に任せたりしているかどうかも投資家の注目の的となっていますが、企業がこれらに二の足を踏む理由の一つとして「社外取締役に議題の決定権を奪われるのが嫌だ」などと言う声も聞いたりします。どちらも、社外取締役を議題決定に含めたが最後、取締役会がコントロール不能になるとでも信じているかのようです。そんなに信頼できない社外取締役を選んでしまったのでしょうか。あるいはここにも“お客様”扱いが潜んでいるのでしょうか。そんな杞憂に煩わされるよりも、社外取締役とも一緒になって、今年一年間の議題を真摯に考える方がよほど生産的ではないでしょうか。あまりに枝葉末節なことや見当違いなことを言い立ててくるヒトがいたとしても、まともな取締役会であれば他の社内外取締役がそれを止めるでしょう。取締役会のメンバーも、意味のない議題を前に時間を費やしたくないのです。それよりも、自分たちの問題意識がしっかり反映された議論をしたいと望むはずです。ぜひ、これからの一年を実りある議論に活用してほしいと思います。
[1] 出所「日本CFO協会 財務マネジメント・サーベイ2022」https://forum.cfo.jp/cfoforum/?p=22229/
筆者略歴
松田千恵子氏 東京都立大学大学院 経営学研究科 教授
金融機関、格付アナリスト、国内外戦略コンサルティングファームパートナーを経て現職。公的機関の経営委員、上場企業の社外取締役を務める。筑波大学院企業研究科博士後期課程修了。博士(経営学)。近刊に「ESG 経営を強くするコーポレートガバナンスの実践」(日経BP社)、「経営改革の教室」(中央経済社)。