公開日: 2026年2月10日
筆者: 松田千恵子氏 東京都立大学大学院 経営学研究科 教授
非上場会社のコーポレートガバナンスに対する関心が高まっています。MBO(Management Buy-Out、経営者による自社買収)などで上場を廃止する企業が目立つようになり、2025年に東証で上場を廃止した企業は125社と、2013年に大証と現物株市場を統合して以降の最多数を、2年連続で更新しました。非上場企業に多いファミリービジネスについても、昨年来経済産業省によりガバナンスに関する議論がなされ、今年はガイダンスが公表される予定もあります。非上場会社において、今、「ガバナンス(企業統治)」のあり方が大きな転換期を迎えています。日本取締役協会などの団体も、未上場企業のガバナンスを考える委員会が提言書を公表するなど、この分野の動きが活発化しています。
しかし、上場企業のような形式的なルール遵守や外部からの監視がそのまま適用できるかというとそういうわけでもありません。非上場会社における本質的なガバナンスとは、単に株主による監督体制の構築を図るということではなく、「所有」と「経営」のバランスを考えながら、企業を取り巻くステークホルダー(利害関係者)と調和のとれた関係を築き、企業の志を次世代へつなぐための仕組みをどう作るかということにつながってくるからです。
非上場会社の最大の利点は、四半期ごとの利益に追われることなく、長期的な視点で経営の意思決定ができる点にあります。オーナーの強いリーダーシップは、迅速な決断と、独自の企業文化の醸成を可能にします。一方で、それゆえのリスクも存在します。所有と経営が一体化している場合、チェック・アンド・バランスが機能しにくく、独断的な経営や承継問題、あるいは公私混同による問題などが生じる懸念があります。だからこそ、利害関係者の期待やニーズに応えるべく、外部の目を意識した「自律的な規律」が必要となってきます。その規律は、「良い会社」を創ろうと経営者が努めることから始まります。
将来を可視化する
具体的に考えてみましょう。ここでは4つのステップに分けてみます(図表参照)。まずはステップ1です。経営者が「良い会社」を創ろうと努めても、それがその他の利害関係者に理解されなくては困ります。「すべては社長の頭の中」にしかない、という状態を一刻も早く脱却することです。「墓場まで持っていく」と決めた秘密を暴露する必要はありませんが、利害関係者がその企業の存在意義を理解できる「骨組」はぜひ見えるようにしておきたいものです。最も大事な「見える化」は、経営理念などの企業の究極的な将来像や目的、社会的な存在意義を言語化して全社員で共有することでしょう。非上場企業にとってひときわ大事になるステークホルダーとしての従業員が、会社の理念や目標を理解・共感し、主体的に貢献したいと思ってくれることは非常に大事です。また、こうした内容が可視化されることで、経営者は仕事が「楽」になります。何か起こるたびに右往左往しなくても、会社における「憲法」が定まり、全員で共有できれば、そこに判断基準を置けば良いからです。判断基準が確立した企業は、取引先や債権者の信頼も獲得することができるでしょう。実際、我が国のいわゆるご長寿企業の実に7割以上が確固たる企業理念を掲げ、利害関係者と共有し、その遵守と絶え間ない啓蒙活動を続けています。
企業理念や経営戦略が浸透したならば、それらに基づいて「なぜこの意思決定をしたのか」ということを客観的に説明できるような仕組も充実させたいものです。経営会議は行っていても、定例化されていなかったり、議事録が作られていなかったりする中小企業は多くあります。要領を得ない報告に社長だけが怒り心頭というのもありがちです。戦略や計画の進捗については、何をモニタリングすると効果的かを考えて、具体的なフォーマットにして採り入れることも一法と言えます。
「耳の痛い意見」を言える人たち
次にステップ2です。社外の視点というと、すぐに思いつくのは社外取締役の導入ですが、非上場企業の場合には、社長直属の経営相談会(アドバイザリーコミッティー)といったものを設け、信頼できる税理士や弁護士、経営者の先輩などに定期的に外部の意見をもたらしてもらう仕組を作る方が現実的かと思います。これにより、経営者の孤独な判断を防ぎ、意思決定の質を高めることもできます。耳の痛いことを言う役割は部下にはできません。外部であっても定期的な機会が無ければ知らぬうちに遠ざかってしまうかもしれません。いざという時のアラーム機能として、定期的に直言してくれる人たちの存在を確保しておくことは、これもまた経営者が「楽」な仕組み作りの一つです。
社長が全てを決めては非効率
ステップ3は、実は組織の基本でもありますが、誰が、何を、どこまで決裁できるのか、その範囲できちんと責任を全うすべきはどこまでかを明確にするということです。「社長がいないと何も決まらない」という状態が続くのは非効率極まりないことです。重要な意思決定のプロセスを明示し、複数の視点でチェックする仕組を作ることが肝要でしょう。 最後のプロセスとして、利害関係者との、未来志向の対話をぜひ積極的に行ってほしいと思います。最も重要なのは、後継者候補との対話でしょう。従業員との対話も重要です。全体を俯瞰できなければ経営者とは言えませんが、現場の実情をつぶさに把握する意思を持つことも同様に大事です。さらに、役職員以外の利害関係者との対話も忘れずに行ってほしいものです。形式的な対応は非上場企業には必要ありませんが、利害関係者の中に自社のファンを増やすくらいのつもりで、ぜひ自社の存在意義や経営理念、利害関係者との関係の考え方などを積極的に発信し、反応を得てほしいと思います。お堅いメインバンクの担当者であっても、定期的に企業の「夢」を語られれば心も動くでしょう。未来の従業員が呼び寄せられたり、新たな株主や取引先等の支援が実現するかもしれません。コーポレートガバナンスは窮屈で形式的な規制ではなく、会社の成長を支え、未来永劫に価値を存続させるための「仕組」を創る投資であると考え、ぜひ一歩踏み出して頂ければと思います。

筆者略歴
松田千恵子氏 東京都立大学大学院 経営学研究科 教授
金融機関、格付アナリスト、国内外戦略コンサルティングファームパートナーを経て現職。公的機関の経営委員、上場企業の社外取締役を務める。筑波大学院企業研究科博士後期課程修了。博士(経営学)。近刊に「サステナブル経営とコーポレートガバナンスの進化」(日経BP社)、「全社戦略ーグループ経営の理論と実践」(ダイヤモンド社)。